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難病で別れた切ない恋愛は私を底抜けに明るくした!

  • 2016.12.04

経緯

2011年 東京。
当時の彼氏のお父さんが危篤になり、私もその時色々大変だったので、一旦お互いの状況を立て直すために別れたが、支え合っていた。

悲劇の3月、震災後私はウィルス性の感染症にかかり、その後突然両足の感覚がなくなり脱力した。全く力が入らなくなった両足。病名もわからない状態で、病院をたらい回しになった。
かなり長い間病名がわからずドクターショッピングをして、その間にどんどん進行した。両手も脱力し、全身の神経と筋肉がやられ、食事も取れなくなった。その事は一切話さなかった。
結局ギランバレー症候群という難病の疑いで入院した。
ウィルス性の感染症までは知らせていたけど、どうしよう。難病の事話そうか…
いや、頑張っている最中にこんな事話せない。
立て直すために別れたのに、状況が悪化したなんて言えない。

 

しばらく黙っておいて一人で戦うことにした。死ぬかもと言われていたけど、死ぬわけにはいかなかった。MRIで脳腫瘍の疑いまであると言われた。
でも頑張ることしか頭になかった。一刻も早く回復して彼の元へ行きたかった。
激痛の中リハビリや検査を頑張って徐々に回復していった頃、脳腫瘍は疑いではなく確定した。
だからといって特に落ち込むこともなかった。
中学生の頃から朝、頭をハンマーで殴られたような衝撃で起きれず、激痛で意識を飛ばしていたから。

 

入院して1ヶ月半くらいたった頃、同棲の準備が出来て部屋も借りたからおいでと連絡がきた。彼は立て直せたようだ。私は状況が悪化している。

なにそのいらないサプライズは!知らないとはいえ、こっちの事も考えてほしい。

 

さすがに全て話した。絶句していた。
そんな事で見捨てるような人ではなかったから、嫌われるとかで隠していたわけではない。心配をかけたくなかった。とりあえず自分の事に集中してほしかった。

私の事でまで悩んでほしくなかった。
脳腫瘍の場所が悪すぎると宣告されたのもこの頃。

 

忙しい中、お見舞いにきてくれた。
回復してきたとはいえ歩行器状態の私を見て、やはり衝撃だったようだ。
足も痩せ細って500mlのペットボトルより余裕で細かった。見られたくなかった。
相手が絶望する顔を見たくなかった。痛々しいっていう表情をしていたのが今も忘れられない。

 

一緒に住みたかった。どれだけ幸せだったんだろう…

ギランバレーは回復してきても後遺症がどこまで残るか、脳腫瘍は悪性なのか…色々まだ検査だらけで、はっきりしたことは言えない状態だった。

脳腫瘍の方で死ぬ可能性があったので、当時私は未成年だったし大阪に帰ることになった。
嫌いで別れたのではないし、迷惑をかけたくなかった、はじめて好きになった人。

 

結局、同棲を断って、もう一緒になれないんだと伝え、一方的にさよならし、私だけ大阪へ帰って来た…
悔しくてずっと泣いた。最初で最後の暗黒期に入った。

友達からの、何で離れたの?とか、理由を話せば寄り戻しな!って言葉に傷ついた。
そんな簡単なもんじゃない。好きだからこそ迷惑かけたくなくて別れたのに。何もわかってない。
口を挟んでくる友達だった人たちには、私がキレて友達じゃなくなった。

 

仕方ない。最初から友達じゃなかったんだろう。本当に友達なら、私の気持ちをわかってくれるはずだもの…

 

心配してくれているのは重々承知。でもね、口出しはしないでほしかった。傍で見守るっていうのも大事なんだよ。

 

暗黒期は1ヶ月でおわった。彼が関西に帰って来た!
私を追いかけてではなくて、危篤のお父さんが更に悪化したから。せっかく生活立て直してたのにね…

 

戻ってきて即言われた言葉が、
“一緒に住もう。関西なら大丈夫でしょ?”

ちがうんだ。そうじゃないんだ。迷惑がかかることには変わりない。
嬉しかった。こんな状態になった私でも彼は好きでいてくれた。それだけで幸せだった。こんな素晴らしい人が私を好きになってくれて、私も好きになって、出会えて本当にそれだけでもう、いいかなと思った。

 

この人のお陰でこんなに頑張れた。
元々根性は座っていたし精神的に強かったけど、当時は落ち込むこともまだあった。
でも、この人は甘やかさず、見守る人だった。
私が何かで躓いても簡単に助けず、ヒントを与えるだけ。
お前はこんなところでくじけるやつじゃない。
誰よりも俺が知ってる。俺が好きになった人はそんなところで諦めるやつじゃない。
そんな風に喝をいれてくれて、お陰で鍛えられた。

 

過去のこの言葉のお陰で、入院中も、脳腫瘍まで発覚しても落ち込んだり荒れたりせず前向きに明るく頑張れた。
今私が明るいのは全てこの人のお陰。感謝しかない。だからこそ、もうこれで十分だと思った。

 

脳腫瘍の場所が悪く、もしこのまま良性だとしても大きくなると、
言葉が話せなくなり、記憶喪失、半身麻痺、てんかん、理解力の欠如が起こり手帳トリプル持ちになると言われた。

もしこれが悪性化したら……………という怖い話も聞いた。
結局、手術をしても手帳トリプル持ちになる可能性があると聞いて、手術はしない方向で脳腫瘍と付き合って生きていくことにきめた。

いつ大きくなるか、いつ悪性化するか、当時は全く予測できなかったから同棲も断った。
彼はもちろん納得しなかった。全てわかった上で支えるんだと言ってくれた。彼なら本当に私に何があっても支えてくれたと思う。でも好きだから。で一緒にいれるような問題ではなかった。

 

それから何度も何度も諦めずに同棲を提案された。
その度に迷って泣いた。彼は親に私の病気の事も全て話していて、重い病気なのにそれでもあんたが好きになった子なら問題ないと言ってくれたようで、紹介するとまで言われていた。

何度も決意が揺らいだ。まだずっと私の事を考えてくれていることが有り難くもあり、でも悲しかった。辛かった。

この間何年も経っている。

 

でもまだ当時の私は何の福祉の支援も受けれていない状態で、肢端紅痛症が進行していてほぼ歩けなくなっていたので何度も断った。
彼は関西からでて、また東京に戻ってからもまだ何度か同棲の提案があった。

歩けなくても、働けなくても、家事ができなくてもそれでもいいからと言ってくれた。涙がかれるまで泣いた。

それでもごめんなさいと断った。
“どうせずっと一人暮らしで働きながら家事もしてるし、お前一人増えたくらいで何も変わらない。何の負担もない。迷惑でもない。何でそんなに頑固なの?”
彼も苦しんでいた。

私から解放してあげなきゃと思った。

私は自分が病気になったから彼の事を諦められても、彼はどうしていいかわからなかったと思う。病気だからと簡単にバイバイって終わらせられなかったんじゃないかなあ。本当に申し訳ないことをした。

 

私はこの先ここまで言ってくれる人はいないかもしれない。
でも彼には…健康な人を選べる。私は彼じゃないとだめでも、彼は私じゃなくても生きていける。
なのに何故ここまで私に拘るのか。勿体ないと思った。
ここまで言ってくれる人に出会えただけで十分だった。

 

この先どうなるかわからない私と一緒にいるより、彼は彼の人生を違う人と歩んでほしいと思った。
私は自分が病気だから逃げられないけど、逃げられる彼は逃げてほしかった。

 

私は彼の足かせになりたくなかったんだと思う。
対等に何でも言い合える関係だったからこそ余計。その関係ではなくなってしまう。それが嫌だった。
どれだけ支えてもらっても、私は申し訳ない気持ちで押し潰されてしまうだろうし、もう十分すぎるほど支えてもらったから。

このときに何らかの支援が受けられていたら、また違ったのかもしれない。

 

 

最後に会ったのは2,3年前、帰り際に私からもう今日で最後ね!と突然言って終わりにした。

彼も、そうか~と言って笑顔でさよならした。
付かず離れずが長かったけど、この時はもう既に滅多に連絡を取らなくなっていた。
3ヶ月に1回くらい向こうから、最近どう?大丈夫か?って来ていたくらい。
それ以来会ってもいない。もう連絡すらとっていない。
後悔ばかりだけど、でももう過去には戻れないから。

悲しい別れは私を更に強くした

出会えただけで幸せだと思えた。

あのときこうしとけばよかったなーとか
あのとき支援が受けられてたら一緒になったかもなぁとかは思うけど、
結局あのときは支援もなかったわけで…。

一緒になっていても、私が申し訳なさで耐えられなかったかもしれないし。
支援を受けられるようになった今、もう私は彼のいない私の人生を歩みだしている。
ここまで言ってくれた人を断った分、彼に恥じないような人生にしたい。

 

何があっても前を向くこと。

彼にはもう感謝しかないです。
今の私があるのは全部彼のお陰です。
彼に出会っていなかったら、とっくに心が折れていたと思う。

 

病気の事だけでなく、制度の谷間やドクハラ、年金問題、抱えすぎて
とっくに自殺してたんじゃないかとさえ思う。

過去に支えてくれた事が今も糧になる

彼がいない人生だけど、私はもう何があっても一人で闘える強さを身につけた。
好きだった人と一緒に同じ人生を歩むことだけが、幸せではないんだと思う。
この事を友達は知っているわけだけど、誰にも理解されない。口を挟まれる。
ここまで理解してくれる人を見つけるのは難しいけど、でも人生で一人だけって虚しくない?って思った。
それに病気をいっぱい持ってしまった今、彼のやり方はもう私には無理だ。

 

今まで頼らずにずっと一人で解決してきたけど、今度は意地っ張りで、辛くても人に頼れない私がそれでも頼れるような人をみつけたいと思う!
(もう見つからないかもしれないけど)
時既に遅し??ww
気づいたらもう歳だった…………彼氏いない歴も6年になってた。
(付かず離れずだったけど特に将来の約束とかもしてなかったし…
突然サプライズで同棲の準備をされるから困った。
そんなサプライズはいらない。)

 

この数年で彼みたいにちゃんと私とも病気とも向き合ってくれる人に出会えなかった。
病気でも支えるから付き合ってとか私の病気をちゃんと理解していないのになんだか軽い男。

もしくは病気の子を支えてあげる俺ヤサシーとかの病気を利用して自分の株をあげようとする男。

好き好き一ヶ月くらい断ってもしつこくて、ある日突然うざくなくなったと思ったら不細工な彼女で妥協してる男(地元のやつ)君の事やでAくんよww

誰でもええんかい!w
元彼以来つくづく男運がないw全部部使い込んでしまったかな…

 

そのうちこんな男はダメだシリーズでもつくって毒吐き記事でも更新しますwww

他の人の恋愛事情を知りたい!

難病の人の恋愛事情とか知りたいなぁ~
私は車イスになってから、友達からの誘いとかもいかなくなって友達の友達とかとも知り合う事がなくなってしまった…
まず難病人に恋愛する資格はあるんだろうか…?

 

難病でもいいよって言ってくれる人の中から、ちゃんと理解してくれる人を見つけなきゃいけないってかなりハードルが高いと思うの………

しかも理解だけじゃなくて、実際にやりくり出来るかどうかとかまで考えなきゃいけない。

 

もう年齢的に焦らなきゃいけないはずなのに、全く焦らず何も行動していない自分が怖い。

 

どこかでもう、諦めてしまっているのかもしれないな。

そこまで言ってくれた人を振った私に、次のチャンスはくるんだろうか…………

難病で、仕事や恋愛に悩んでいる方たちと、実際どうしているのかとか楽しみながら話してみたい!

 

Twitterで募集されていたアーサーさんに便乗!


Skypeとかで会議とかしてみたいです。
話せる方募集します!!

 

p,s

元彼の似顔絵はスマホアプリで書きました。かなり似ているので、特定されてしまうかもしれないww

スマホなので影の付け方手抜きです…


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